心の「ちがう」に向き合うシリーズ
自分の心が分からない時に読んでほしい。
なぜ心が分からないのか
心が分からないのはなぜだろうか。
人それぞれの事情がある。
時間があるときに、今この瞬間自分の心の望むものが何か聞いてみてほしい。
その時に答えが返ってくるのなら、あなたは大丈夫。
もしも言葉では分からないなと思うのなら何でだろうかと聞いてみてほしい。
今回はその「何でだろうか」に寄り添えるように私のケースをお伝えする。
私の場合
私はたまに今この瞬間心が何を望むのか聞いても答えが返ってこないことがある。
言葉に上手くできなくてもやもやした感覚のまま。
食べたいものはないしやりたいこともない日が凄くある。
これがなぜなのか?
私は子供の頃から心を封じていたからである。
先に言っておくが、これに関しては誰も悪くない。
つまり周りにいた家族の誰も悪くない。
親だって人間だ。
完璧ではない。
疲れるし、落ち込むし、体調は悪くなるし、機嫌が悪くなる。
今私は両親が歩んできた年齢を自分でも歩んでいる。
年を取るとそうしたことが痛いほど分かるようになった。
自分の機嫌を取るのさえ大変なのに、子供の機嫌も取るのは並大抵のことではないの。
今なら全部分かる。
子供の頃は当然そんなことは知らない。
でも本当に些細なことがきっかけで子供は心を閉ざすことがある。
そして残念ながらそれを大人になっても克明に覚えてしまっている。
子供の時の記憶1
私はその当時5歳くらいだった。
子供向け雑誌の付録で自分で組み立てるおもちゃのようなものがあって、私はそれをせっせと組み立てていた。
そして工作は無事に完成した。
――よしできた!
私は嬉々としてそばを通りかかった母親に、できたよ!のつもりでただ一言「た!」と発した。
「た!じゃ伝わらないよ」
母親から返ってきたのはそれだけだった。
ここで私は確実に心のドアを閉じた。
おそらくたくさんあったであろう扉のうちの1つを。
おかあさんに言っても伝わらないんだ。
今考えれば舌足らずなのは私。
しかし私は嬉しくて純粋に完成させられたことを共有したかっただけだった。
もちろん、「できたよ」という言葉を知らなかったわけではないと思う。
でももっと短くても伝わると思ってはいた。
私の頑張りを見て。
頑張って組み立てて、ちゃんと形あるものとして完成させられた。
この努力を認めて、褒めて。
言葉を補足して言うならばこう言ったところ。
子供の時の記憶2
私はその当時小学2年生くらいだった。
その頃はクラスメイトの女の子に理不尽に「ばーか」と罵られてばかりいた。
本当に理不尽なのだ。
小学2年生で「ばか」と罵られる要因はなかった(はず)。
彼女の名誉のために補足すると、約1年後に彼女から手紙をもらったのだが、そこには「〇〇ちゃん(私の名前)大好き」と書かれていた。
愛情の裏返しだったのかな。
とは言え、そういう日々が続いていたある日、私は泣きながら学校から帰ってきた。
理不尽で不快だと分かっていてもその罵りの言葉を受け流せなかった。
母親はそんな私を見ておそらく「どうしたの」と言ったことは聞いてきてくれたのだろう。
あまり会話は覚えてないのだが、私は泣いて何も言えなかった。
これだけは覚えているのだが、やがてしびれを切らしたように母親はこう言った。
「泣いてるだけじゃ分からないよ」
当時の私には怒ってるようにしか聞こえなかった。
このひとは、私のつらい気持ちを分かってくれない。
つらいから泣いている。かなしいから泣いている。
もう泣くしかないくらい心がいっぱい。
そういう時って言葉に上手くならないじゃない。
子供の時の記憶3
うちは父親が単身赴任で家にいない日が多かったため、父親とのエピソードは相対的に少ない。
しかし1つだけある。
4歳くらいの時だったか、私がソファーで飛び跳ねると父親は「だめでしょ」と私を捕まえて、「ごめんなさいは?」と一言叱った。
それを受けて私は大泣きした。
怒られたのは嫌だった。
遊びたい心を否定されたのもきっと嫌だったのだろう。
反発心が大泣きという動作にしか現れなかった。
父親はそれ以降私を叱らなくなった。
何か言いたい時は諭すような口調で言ってくれてはいた。
何となくだが、こういうのがきっかけで私は親に対して「怒らせたらいけない存在」という認識をしてしまったように感じる。
たぶん、彼らが怒る、あるいは叱る理由が分からなかったんだろうなと。
子供ながらに感じたこと
このひとは、わかってくれない。
誰も私の心は理解してくれない。
上手く言えない。
総じて言えるのは
私が口下手でいつも言葉足らずだったこと。
そして、私だけでなく、両親もそれぞれ言葉足らずだったこと。
子供の学習能力
私が心を全開にしたら、たまたま親の機嫌が悪かった。
言葉を発さない私に親はそれ以上会話をしてくれなかった。
おまけに私が嫌なことを忘れられない面倒な質だった。
本当にこれは残酷かもしれないが、そういうことがあって私は次のように学習してしまった。
信頼している人に心をさらけ出した時、相手は機嫌が悪くなるのだと。
心をさらけ出すことは危険だと。
相手の機嫌を損ねないためには心を封じることが安全だと。
そして子供の時の学習というのは大人になっても影響する。
これを変えたり払拭するのはとっても難しい。
これを少しでも楽にするには、自分で自分に与えてあげることがいいらしい。
その当時自分が欲しかったものを今の自分が与えてあげること。
そのために自分が欲しい言葉を考えてあげるの。
親も不器用だっただけ
繰り返しになるがうちの親は、うちの家族は口下手で不器用さんなだけ。
いわゆる毒親では決してない。
ずっと味方だった。
ただ気持ちを言葉で表現するのが苦手な優しい人たちなんです。
心の「ちがう」に向き合う(4)につづく
自分の心を自分自身が一番分かってあげる
このシリーズはこれが目標。
どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。