Poco a Poco

自分のことを自分が一番理解してあげるための部屋

何でも一人でやろうとするあなたへ

何で助けてもらえないんだろう

 本当に助けてほしい時にあまり助けてもらえない。

 なぜなら本当に助けてほしい時には声を上げることもしんどいから。

 

 周りの人は、時には手を差し伸べてくれる。

 でもその手を振り払ってしまう自分がいる。

「今じゃない」って。

 

大体「今」助けてもらうこと自体に抵抗がある

 人に助けてもらうというのを

 もう少し前段階でできたらいいのにね。

 前段階というのは、壊れる寸前で人をようやく頼るのではなくて

 壊れるもっと手前でということ。

 

 でもね、

 その壊れるだいぶ前の段階にいる時って

「人に頼る時じゃないな」って思ってしまう。

 だから「今じゃないな」と人の手を取らない。

 

 人に頼る時じゃないという感覚は

 素晴らしい感覚だ。

 

 そうなんだけど、

 人に頼る時だとようやく思ったときには

 もう遅い。

 

 人に助けてほしい時に助けてもらえない。

 そう思うのは仕方なくて、

 人に頼ることに対する条件とかハードルが

 その人の中で高すぎる。

 

 人に助けてほしいと思う時に、

 すでにもうその人は奈落の底に片足を突っ込んでいる。

 だから助ける方も大変よ。

 

難しいことに挑戦しているだけ?

 こんな人生惨めだなと自虐的に思うことがあるとしたら

 まずえらいし頑張った、って言えるようになりたい。

「あぁそうなんだね……えらい。頑張ったね」って。

 もう「そんなことないよ」が響かない状態かもしれないから。

 

 人に頼る概念というか気持ちというものが

 その人の、あなたの、私の中でとても難しいことになってしまっているだけで

 そりゃ難しいことを達成するのって大変なの。

 難しいことができなかっただけ。

 惨めじゃない。

 人よりも難しいことにチャレンジしただけ。

 

 人に頼るという簡単なこともできないのか!

 だから惨めなの。

 もしもそう思うんだとしたら

 そう思ってるのは頭だけで

 心は本当にそう思ってるか分からなかったりする。

 

助けてもらえなくてしんどいのは人よりも頑張ってるから 

 人に頼るって難しいよね。

 たぶんその人は常にそう感じて生きている。

 大概のことをいかに一人でやれるかをモチベーションに生きて来たのよね。

 これ自体ってまず凄いことなんだよね。

 生きているだけで

 何か人より難しく生きてて、知らず知らずのうちに物凄く頑張ってる。

 

 頑張っている。

 その人は、あなたは、私は、頑張っている。

 

「今じゃないな」、でも「今でもいいかも」

 今、助けてもらう段階じゃないな。

 この感覚は素晴らしい。

 でもそれを延長したら?

 確実に壊れる。

 崖が見えちゃってる。

 この感覚を保ったまま

 人に助けてって言いたいよね。

「今でもいいのかな」

 たぶんいい。

 

 生きていくモチベが「いかに人に頼らないか」ならば、確実に今頼っていい。

 

 苦しむ誰かへ、苦しむあなたへ、苦しむ自分へ送ります。