心の「ちがう」に向き合うシリーズ
自分の心が分からない時に読んでほしい。
他責よりは自責できる方がましではある?
自責しちゃう人は優しい人です。
そして自責しちゃうこと自体を責めすぎなんだよね、我々は。
何か起こったときに「自分のせいでもある」と思えるのは正直素晴らしいと思う。
美しくさえある。
自責する理由って何だろうか。
自分がすぐに自分を責めてしまう理由を考えてみてほしい。
あるいはこんな時責めちゃう、でもいい。
その根底にある価値観って何だろうか。
私の場合は、「人との関係において何か起こったとき、それが人との関係である以上は、どちらかが100悪いことはありえない」という考え方だった。
どんなに相手が悪いとしても、99だ。
1は、私が悪い。
だって人間関係って、自分と相手がいて初めて確立するものでしょ。
そこで何か起こったら?
その出来事って自分と相手が絡んだから起こるんでしょ?
じゃ自分はさすがに1は悪いよね?
絡んだ時点でってこと。
こんな考え方。
だから謝るわけ。
「私にも悪いところはあった。ごめんね」と。
度を越えなければこれって人間関係を真摯に捉えてる価値観。
私は好き。
度を超えた時、どう見ても相手が99悪いことを、まるで自分が50悪いかのように反省してしまう。
これは苦しい。
だから、自責しちゃって苦しい時は、本当にその出来事において自分は悪いのかっていうのを一度問い直すのもありなのかもしれない。
自責したら心を抱きしめる
自責って自分への攻撃だ。
だから自責する時って凄く苦しいと思う。
心が泣いてる。
でも分かんないんだよね。
何か起こったという事実は事実だから。
今自分はその事実に向き合ってるんだから。
心ではなく頭が現実を処理しようと必死に働く。
こっちは人との関係で起こったことをその人に責任転嫁できると思って生きてないからさ。
落ち着いたら自分を守ってあげて。
自責自体をやめられなくても、最後にはちゃんと自分の心を守ってあげて。
本当はどう感じてた? ってちゃんと聞いてあげて。
本音をね。
自分の心を自分自身が一番分かってあげる
このシリーズはこれが目標。
どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。
つづく