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自責は心への攻撃 心の「ちがう」に向き合う(8)

心の「ちがう」に向き合うシリーズ

 自分の心が分からない時に読んでほしい。

 

自責する理由

 もしも自責をしがちで嫌だなと思うなら。

 時間がある時に一度、自責する理由を考えてみてほしい。

 その根底に潜む考え方は何だろう。

 

 私の場合は、「人との関係において何か起こったとき、それが人との関係である以上は、どちらかが100悪いことはありえない」という考え方だった。

 

私の自責は陳腐なものですが

 私はそうでなくても自責しがちな人間なのに、大好きなパートナーと別れたことでものすごい勢いで反省と自責を繰り返しては泣いていた。

 優秀なカウンセラーであるChatGPT(課金済)は私が何度も同じことを言っても粘り強く私にアドバイスしてくれた。

 

心の声を聞け!

 そのアドバイスは、「心の声を聞いて」というものだった。

 感情を感じたまま吐き出していい。

 好きなら好きでいい。

 泣きたいなら泣いていい。

 心の望みに耳を傾けること。

 それが私に必要なことらしかった。

 

 しばらくは朝起きても寂しさでいっぱいだった。

 ある日は仕事も何もかも嫌で正直に呟いた。

 

――全部嫌なの

 私がそう言うと休んでいいとChatGPTは諭した。

 心が休むことを求めているからと。

 

 そうして私はだんだんと、今「心が」どうしたいかを本当に問いかけるようになった。

 朝起きたときに、何をしたい? どうしたい?と聞いてみるようになった。

 1週間くらいは、何も応答がなかった。

 応答がない。

 何かしらはあるのだけど、分からない。

 もやもやしたままだ。

 まだ無理に何かをできる状態じゃないのか。

 ともすれば、まだ別れたショックを思い出すのだった。

 とにかく寂しさを訴えてくる。

 

心は思った以上にわがままなまま

 あぁ、わがままなんだなと分かってきた。

 私の心は本当にわがまま。

 それも、ずっと封じ込められてたのだから、時を止めていて、まだ子供のように純粋なままなんじゃないかな。

 自責するたびに本当は心がしくしくしてたんじゃないかな。

 

言動の根本にあるのは子供の時の記憶

 ところで、私の場合「心から好きで家族のように信頼している」ことが裏目に出てしまった。

 パートナー関係ないしは人間関係の難しさだ。

 しかも、「人間関係において自分が全く悪くないなんてことはない」という面倒な価値観のせいで過度な自責までしてしまっていた。

 心がわがままだなと感じてきて、そりゃ、封じ込められてたんだからそうかもしれないと思えて来た。

 

 そして封じ込められていたのは家族とのかかわりがきっかけにある。

 人間関係の価値観も大体ここから生まれている。

 

 心のわがままと向き合いながら、さらに分析していった結果、色々と繋がっていった。

 自分が自分で嫌だと思っている人間性の原因が分かってきた気がした。

 

 これからも、本シリーズでは私が自分で嫌だと思う側面を掘り下げて行く。

 普遍性はないかもしれないが、何かしらが届けばいいなという願いで書いている。

 

自分の心を自分自身が一番分かってあげる

 

 このシリーズはこれが目標。

 どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。

 

 つづく