心の「ちがう」に向き合うシリーズ
自分の心が分からない時に読んでほしい。
「信頼してるから言わない」甘え
甘えって何だろうか。
自己分析すると、私の甘えは歪んでいることが分かった。
私の甘えは「言わない」こと。
「言わない」甘えは猫みたいだ。
心が分からなくて言葉が出ない時、黙って抱きしめて欲しい。
黙って手を取って欲しい。
信頼する人には分かって欲しい。
それがその人への甘えだ。
いい意味で捉えると、それは「厚い信頼」だ。
信頼しているからこそ黙ってすり寄りたいだけ。
「言わない」のは悪い甘え
これを不快だと思う人もいる。
言ってくれなきゃ分かんないよと。
この人なら許されるだろうと言って何も言わないのは悪い意味での甘えだよと。
甘えって、「言わないこと」じゃないらしい。
「相手を信じて言えること」らしい。
相手を信頼しているから、頼み事をしたり、相談に乗ってもらったり、心の内を言葉にして打ち明ける。
それが人に甘えることらしい。
「言える」のが甘え
知らなかったな。
行動1つでこんなにも捉え方は違う。
その行動が歪んでいるがゆえに。
だから大好きな人には、私の言っていることとやっていることが食い違っているように見えただろうし、黙っててもいいだろうみたいな考えをしているなどとだいぶ悪く見えた。
心が痛い。
私の心の底は「あなたがだいすき!」でいっぱいなのにね。
大好きな人に嫌な思いをさせたことがつらいんだよね。
行動の歪みは他にもたくさんある。
全部、心から好きだからこそ起こってしまうことだ。
心を遮断して頭だけで接しているなら歪まないのだ。
心が好きと感じているとより厄介だ。
心は開いてはいるが頭と繋がっていない。
心の声が頭で言語変換できない状態。
だから人ともっと一緒にいたいのに離れなきゃいけない時、何となくのもやもやがあり、葛藤する。
その結果歪みが生じる。
頭と心が離れてしまっていて上手く処理ができなくて、葛藤した結果おかしなことになってしまう。
好きだからこその歪み。
心からの愛情があることの証でもある。
でも、心の声が聞こえた方がいい。
頭と心とが離れていては弊害が多すぎる。
私はこれからも奮闘する。
心の声を出せるように。
自分の心を自分自身が一番分かってあげる
このシリーズはこれが目標。
どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。
つづく