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心がトゲトゲする時 心の「ちがう」に向き合う(16)

心の「ちがう」に向き合うシリーズ

 自分の心が分からない時に読んでほしい。

 

心のトゲトゲ

 卑屈になる時、自己否定をする時、嫉妬してしまう時。

 あなたの頭がしっかりしすぎて心を攻撃していないだろうか。

 心の底は「なんでそんなことをするの?」と怯えている。

 時にそれが限界を迎えることがある。

 

 今回は限界になってしまった時どうしたらいいか考えたい。

 私の限界の記憶と共に心のトゲトゲへの向き合い方を整理していく。

 

心が限界で言い返してしまった記憶

 私はとある試験を控えていた。

 ある日、パートナーに勉強の調子はどうと聞かれて、

 私は芳しくはないと答えた。

 勉強が足りてないなって感じると。

 それに対して彼は、結構あれこれ聞いてきてくれた。

 それって具体的にどういうものが足りてないのかとか、その問題を解くための武器になる基礎的な理解が足りないのかとか。

 当時の私にはそれが耐え切れなかった。

「詰めないで! 何でそんなに詰めるの? 怖いです」

 その言葉が出てきてしまった。

 

 彼は詰めてないと言った。

 自分は私の勉強に対しては何も解決なんてできないのだからと。

 例えばこの問題が解けないことに対しては何も解決してあげられないと。

 そう、彼は自分ができない範囲のことはちゃんと認識していて、それ以外で自分ができそうなところで何か「解決」できないかとアプローチしてきていたらしい。

 彼は知らないなりに寄り添う努力をしてくれた。

 ところが当時の私には「私ができないと自覚はしているが、できないことを責められている」ようにしか聞こえなかった。

 

 これが仕事の話なら全く問題ない会話だと思う。

 頭と頭のやり取りだから。

 でもパートナーとの時間は当然仕事の領域じゃなかった。

 

 頭では会話したくない時に理詰めされたから嫌だった。

 でもそこまで説明できない。

「いや!」と心が叫んだからそのまま言ってしまった気がしている。

 とにかく否定的な反応をしてしまったことを後悔している。

 こういう時自分にも相手にもフォローできる余裕があればいいのにね。

 

 あと、今回の記事の筋から逸れるが、

 こういうのは「解決」を求める姿勢と「共感(あるいは理解)」を求める姿勢がぶつかる永遠の課題でもある。

 全部が全部、自分の価値観や心の状態に帰結するものじゃない。

 

 ただ、求めてないものが来た時に、余裕のない私の心は限界になってしまった。

 

心が反発した瞬間に否定的な反応があふれる

 上記の記憶で、私の心が反発を見せている瞬間がある。

 残念ながら相手への否定的な言葉として出てしまっている。

「詰めないで!」って。

 

 心の中で何か強い感情が沸いていて、それがうずまいて、耐えきれなくなって出て来た。
 何で否定的な言葉だったんだろうか。

 

 そう言えば、生きていてずっと心は攻撃されていたんだよね。

 自分の頭に。

「お前はできてない」とか「まだやらなきゃいけない」とか。

 その状態で本当は心は傷ついてたんだよね。

 

 他人の言葉も攻撃に感じてしまうくらいに。

 他人に何を言われても否定的にリアクションしてしまうんだよね。

 

 自分の頭から攻撃された傷がえぐられるから。

 だから「いやだ!」ってついに言ったんだよね。

 頭ではなくて心が。

 

心の反発に向き合い受け入れる

「いやだ!」って心が訴える時

 どうすればよかったんだろうね。

 

 そもそも何で頭は心を攻撃しつづけてしまうんだろうね。

 

 心を抑えるためにそうしなきゃいけなかったからだよね。

 子供の時から耐えてきた。耐えたことはえらい。

 でもそれでいいの?

 あなたの心はこの先も傷つき続けるの?

 

 そうじゃないよね。

 あの時のあの人の言葉で傷ついてたんじゃない。

 あなたはずっと前から自分自身の言葉に傷ついてばかりいた。

 もう誰からの言葉なのか分からないくらい、傷だらけなの。

 それで大切な人たちが自分から離れていったよね?

 心が全く望んでない、一番嫌なことが起こってるよね。

 

 どうしたい?

 心は何て言う?

 心の声を聞いて、頭がそれを肯定してあげることが必要だ。

 トゲトゲしている心も受け入れることが自己肯定なんだろうね。

 トゲトゲした時には自己肯定が必要なんだろうね。

 

自己肯定は頭と心を同じ方向に向けてあげること

 これまで自己肯定感を上げようとして、前向きな言葉に言い換えるなど、ちょっと意識することはできたけどいつの間にかまた戻っていた。

 全部頭でやっていた。

 だからだ。

 私は自己肯定というものの本質を知らなかっただけなんだ。

 頭が一生懸命良いことを考えても無駄だ。

 それが心の声じゃないのなら。

 

 今私は本当に苦労している。

 未だに、心の声をどうしても肯定してあげられない時が多いからだ。

 心がわがままを言うといつもこうだ:

 今日は仕事したくないとか。

 何もしたくない!とか。

 愛してほしいとか。

 大好きな人には黙って隣にいてほしいとか。

 

 耳を傾けたら本当にわがままだ。

 一方で頭が現実的な大人すぎる。

 

 自分がこんなに甘えん坊で寂しがり屋で純粋なのは知らなかった。

 やっぱり心は自分が一番分かってあげられる。

 とは言え頭が否定的なことを考えてばかりいると変わらない。

 心が怯えてまたトゲトゲするだけ。

 

 たまには背中を押そう。

 私はここであなたを愛してるから! 喋れよ!

 

自分の心を自分自身が一番分かってあげる

 

 このシリーズはこれが目標。

 どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。

 

 つづく