心の「ちがう」に向き合うシリーズ
自分の心が分からない時に読んでほしい。
否定的な反応を考える
「でも…」とか「私なんか…」とか。
これは、頭がしっかりしているというか、人の顔色を窺ったりして気を遣いすぎる人でかつ心が分からない人によく起こるかもしれない。
頭が「人さまには迷惑をかけてはいけない」と強く思っていれば、心がわがままを言った時にそれを否定しにかかる。
ここでもやはり、頭と心が違う方向を向いているため否定的な反応が起こってしまっていると言える。
心に嘘をつきたくない
例えば、人に「あなたはこうした方がいい」と言われた時に、
「ありがとう」と返せるのか「でも…」と返せるのか、
違いはどこにあるのだろうか。
私の場合は、「相手に心を許しているかいないか」になる。
そして残念ながら「ありがとう」と返せるときほど相手がどうでもいい人だったりする。
いい意味で受け流せる。
なぜ、心を許している人ほど反発してしまうのか。
心を許しているからだ。
心を許しているから、その人の言うことを受け入れたい。
受け入れるのには時間がかかる。
受け入れるかどうかをちゃんと考えるから。
そうすると心に負荷がかかって、「ちがう」が出やすい。
頭では「受け入れよう」としても、心が「ちがう」と言う。
心が「そうだね」とすぐに言えるなら問題ない。
言えない時も多い。
その状態の時、心が少しでも「ちがう」というサインを出しているなら、それは反発の言葉が出てくるわけだ。
そういう時に「ありがとう」を言うことは、自分の心に嘘をつくことになるから、言えない。
愛する人の前でこそ自分の心に嘘をつきたくないから、すぐにありがとうを言えない。この複雑な心境がある。
嫌だ。
私なんかこうだよって言いたくなる。
違うなあって言いたくなる。
このこと自体を嫌に思ってしまう。
頭と心が同じ方向を向いていれば、そもそも頭は心を制しようとしたり攻撃しようとはしないのである。
どんなリアクションをしようと自分が嫌になることも減るはず。
頭が心の声を聞いて肯定してあげること。
心の声をちゃんと聞いてあげること。
何を言われても否定的な反応をしてしまって自分が嫌だ、というのも、結局頭が勝手に「自分が嫌だ」と攻撃してしまっている。
自分が嫌だ。
それは本当に頭が責任感が強い証拠。
それ自体は素晴らしい。
でも自分を攻撃する必要はない。
自分の心の声だけは受け入れてあげるの。
自分の心を自分自身が一番分かってあげる
このシリーズはこれが目標。
どれかの記事だけでも、一緒に考えてみてくださいね。
つづく