Poco a Poco

自分のことを自分が一番理解してあげるための部屋

欲しいのは共感でも問題解決でもなく理解(4)

問題解決は求めてないし、共感してくれなくてもいい

 お前のアドバイスは求めてねぇよ、勝手に評価すんなって気分の時とか、

 お前に何が分かんだよって気分の時、

 要するに心がとげとげな時に

 じゃああんたは何を求めてるんだいという話をしたい。

 

 そういう時、解決しなくていいし感情移入しなくてもいいから

 事実を理解だけしてくれれば十分と思っている。

 

 そのカテゴライズ要る?

 全部良いとこ取りしようとして、何でもかんでもハイブリッドやんけ。

 すみません。

 でもそうなんだよね。

 

共感してくれる時の違和感

「これがこうでさ」と言った時に、「分かる~! 自分も前これがこうでさ…」と続くと、「ちがう」となる。

 あなたの「それ」は私の「これ」とちょっと違う。

 連想ゲームで自分のターンがあっという間に終わった感覚。

 ホント最悪。

 ただし、周辺の領域で共感してもらえることは、ちょっと嬉しい。

 悔しいけど嬉しい。

 

 共感って、その人と同じ感覚になれること。

 結構重いこと。

 真に共感できるのって、本当は血のつながった家族くらいじゃないかってくらい、重いこと。

 じゃあ無理だよね?

 生まれも育ちも全然違う環境で、たまたま性別が同じくらいで、通ってた学校か職場が同じくらいで、感覚を共有できるか?

 同じ釜の飯を食うくらいだったなら行けるのか…?

 

 私は分からない。正直。

 というか、人の感覚をそんな簡単に分かっていいと思ってない。

 何かその人の裸を覗くくらい重いことに感じる。

 面倒だけど、「ぴったり同じ経験は自分はないけど、それで言うとこれはあった」みたいな言い方をして自分を納得させている。

 逆にそう丁寧に言ってくれる人は大好きだ。

 

 とりあえず女の子には共感しとけばいいみたいな浅はかな考えもちょっと困る。

 とりあえずで人と接しようとするなよ。

 その上っ面だけ取り繕う仮面をいつかはがしてやるよ。

 

共感することで記憶を強化し社会に自分を所属させている

「分かる」ことで何が分かんの? という疑問もある。

 何の時間? という。

 どこかの本で読ませていただいたが、

 共感は連想記憶。出来事を関連付けて覚えている。

 知恵を貯めておいて、いざという時芋づる式に引き出しから出せるようにしておく。

 そのトリガーが、きっと共感だ。

 だから強いのだ。おばあちゃんの知恵袋とかママ友のコミュニティとかは。

 その共感というネットワークがあるから、本来は孤立しない。

 何かあった時に助け合える構造。

 

 でも怖い。女社会って怖い。

 上手く共感できないやつは駆逐されるのだ。

 だからちょっとマナー的に共感しておくしかない時もあるんじゃなかろうか。

 

理解してほしい

 ただそれに尽きる。

 コアの領域でも周辺の領域でも両方行ける、かつボーダーラインを超えても問題ないステータスは、共感でも解決でもなく「理解」だと思っている。

 

非情            感情的すぎる

淡泊            行きすぎ

負荷かかる         ノリで行ける

コア            周辺

理由は?          理由などない

 問題解決 > 理解 > 共感

 

 この間の存在。

 間というと中途半端な響きがするが、本当は、三角形の頂点をなす方がいいのかもしれない。

 理解してくれている、と思うと一番快適だ。

 

 そして本当に上手な人がいるのも事実。

 誰の肩を持つでもなく、下手に共感することも、下手にアドバイスすることもなく、適切な距離感のまま、人に寄り添える人。

 その人は、きっと他者理解に長けている人だ。

 開口一番「わかる~!」ではなく、「え、何でこうしないの」でもなく、

「どうして?」とソフトに聞けて、詳しく話を聞けば「そうなんだね」と言える人。

 分からないことを正直に分からないとして、「きっかけって何かあったの?」「それってどんな感じだった?」などを深堀りできる人。

「そうなんだね。それってこういうことなのかな」と広げられる人。

 共感できないことを駆逐せず、記憶には貯めていて、干渉はしすぎない。

 そういう人に私はなりたい。

 いや、なる。